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Author:Sanyo
¡ Bienvenido a mi pagina !

Un chico enamorado de la comunicacion o la Radio, Transcurridos 50 años de mi primera licencia no ha cambiado mi modo de pensar.

Empecé Radio afición en 1958 y luego estaba divirtiendo lo.
Miren la página de QRZ.com y JA1COR
Esperen poco ya que todavía no he preparado la pagina escrita en castellano.

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コンテスト嫌いはWARCバンドで過ごそう!

今日はCQ WW SSBコンテストでどうやらコンデションも良い様で、その分普段よくやる海外の局とのラグチューの場がなくなってしまい、悲しかった。 しかし、悔しいので7メガのフォーンで国内ラグチューをしたり、18,24のワークバンドにでたりして楽しんだ。 24メガでCQを出したらハワイから10wにDPのKB6EGA に呼ばれたり、VK2からも呼ばれたが、18ではTX7Mと交信できた後、夕方にはロングパスでヨーロ... <a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/ct1ehi.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/ct1ehis.jpg" alt="CT1EHI" border="0" width="400" height="300" /></a><br /><span style="color:#000000">今日はCQ WW SSBコンテストでどうやらコンデションも良い様で、その分普段よくやる海外の局とのラグチューの場がなくなってしまい、悲しかった。 しかし、悔しいので7メガのフォーンで国内ラグチューをしたり、18,24のワークバンドにでたりして楽しんだ。<br /> <br />24メガでCQを出したらハワイから10wにDPのKB6EGA に呼ばれたり、VK2からも呼ばれたが、18ではTX7Mと交信できた後、夕方にはロングパスでヨーロッパが開いていてDL,CT、EAとわりあいゆったりしたQSOが出来た。 どうやら、WARCバンドに出ている局にはコンテスト嫌いも多いようで、共通のふてくされ仲間同士のよしみで親しみを感じるQSOができた。 <br /><br />上の写真は数年前にポルトガル南部から海岸伝いにスペインのセビリアに渡り、ぐるっとまたポルトガルの北部、オポルト、コインブラからリスボンに戻る旅をしたのだが、今日相手をしてもらったCT1EHI Marcos はそのときに通ったFaroというポルトガル南部の港町の局であった。近くにはアフリカからつれて来た奴隷を売りさばく奴隷市場跡があった筈なんだが、行き損ねた。おそらくポルトガルも恥と思ってあまり観光客を誘致していないのかもしれない。 これはそのあたりの海岸の様子。<br />(ヨットハーバーみたいだがこの辺はヨーロッパ北部から海洋レジャーのマニアが集まるところで、物価が安い地の筈、でもこういうところは目玉が飛び出すような価格で、入った魚料理屋のメニューに書いてあった値段を見て腰を降ろす前に腰を抜かしてあわてて飛び出した経験がある。)<br /><br /> そして下はスペイン、バルセロナ近郊のこれも今日のQSO相手のEA3AKP Joan のアンテナ、これは10m用の6エレクワッドだがいかにも飛びそう、17mも4エレといっていたのでいくつもアンテナがあるらしい。<br /><br /> バルセロナ周辺はスペインでもカタルーニャ地方といって、首都のマドリッドあたりとは大変に仲が悪く、普段の言語も標準語であるカステジャーノでなく、カタルーニャ語を話している。全ての人が標準語がわかるにもかかわらず日常はそれを使わない。 ということで、私もカタルーニャ語は話せないので標準語の方のカステジャーノでと断ってちょこっと話したら、おれよりうまいけどどこで勉強したんだとおべんちゃらを言われた。 このあたり、スペインの国内の言語事情が頭にないと何を言われたんだがわかんなくなるところである。<br />  何はともあれ、折角よいコンデションなのに、コンテストのおかげでしょんぼりしているしかないかと諦めていたのに、<a href="https://blog.fc2.com/tag/WARC%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89" class="tagword">WARCバンド</a>が癒しの場を提供してくれた。 コンテストに恨みを持っている諸OMの方々、この際、<a href="https://blog.fc2.com/tag/WARC%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89" class="tagword">WARCバンド</a>で息抜きしましょうよ!</span>
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いまや天然痘は消え去ったと思うけど、

安物のMTBでの散歩を天気が許せば努めて励行するようにしているが、ここ青梅市は、少し歩き回ると結構、面白い、歴史のあるものに出くわすことがある。 青梅の旧市街の中の小道を走っていて、ふと下をみるとこのお稲荷さんがあり、その名称を見て驚いた。  瘡守稲荷大明神  (疱瘡から守ってくれるお稲荷さま・らしい)昭和17年生まれの私の年代でも天然痘は、小学生の時の種痘だけの記憶しかなく、昔の人の話からしか疱瘡... <a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/sosyu1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/sosyu1s.jpg" alt="sosyu1" border="0" width="400" height="300" /></a><br /><span style="color:#000000">安物のMTBでの散歩を天気が許せば努めて励行するようにしているが、ここ青梅市は、少し歩き回ると結構、面白い、歴史のあるものに出くわすことがある。<br /> 青梅の旧市街の中の小道を走っていて、ふと下をみるとこのお稲荷さんがあり、その名称を見て驚いた。<br />  <span style="font-size:large;"><span style="color:#ff0066">瘡守稲荷大明神</span></span>  (疱瘡から守ってくれるお稲荷さま・らしい)<br />昭和17年生まれの私の年代でも天然痘は、小学生の時の種痘だけの記憶しかなく、昔の人の話からしか疱瘡が重大な伝染病との認識は無く、言葉だけ知っている程度だったのだが、それがこの2011年の今、それらから身を守るために願いをかけるお稲荷さんが現存しているのである。 <br />そう、何かタイムスリップしたような不思議な感じがするのだが、間違いなく存在して、しかも周囲の人々に守られているようなのである。 まあ、恐らく今では天然痘の心配はなくなっているのでそれの願いをかける人はいないと思うが、ではこの稲荷はいつまで存在しているのか?<br />そして、それこそ、この間まで(明治になって西洋医学が入ってきて種痘などが行われるようになってからでもまだ100年程度だと思うし、実際にはお稲荷さんに予防や、回復を祈っていたのはかなり最近までだとは思うが)このお稲荷さんは沢山の人の健康祈願でにぎわっていたのではないかなと感慨深い。 今は貴重な建造物としてボランティア的な保護がされているのではないかと思う。</span>
  • Date : 2011-10-26 (Wed)
  • Category : 散歩
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これは何の実?

話はがらりと変わって、ノスタルジックな里山の思い出から、 ラジオ少年はラジオに目覚める前はど田舎に住み、近くの山や川を走り回っていたが、あるとき川の傍の崖っぷちを親父と歩いてたとき大木があり、説明をしてくれたのがこの木で、けんぽなしといって晩秋になるとその実が落ちて、それが甘いので子供が食べたんだと教えてくれた。 実際には試すことも無かったが、ずっとどんな味がするのか大人になっても忘れることは無か... <a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/kenponashi.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/kenponashis.jpg" alt="tenponashi" border="0" width="400" height="300" /></a><br /><span style="color:#000000">話はがらりと変わって、ノスタルジックな里山の思い出から、<br /> ラジオ少年はラジオに目覚める前はど田舎に住み、近くの山や川を走り回っていたが、あるとき川の傍の崖っぷちを親父と歩いてたとき大木があり、説明をしてくれたのがこの木で、<a href="https://blog.fc2.com/tag/%E3%81%91%E3%82%93%E3%81%BD%E3%81%AA%E3%81%97" class="tagword">けんぽなし</a>といって晩秋になるとその実が落ちて、それが甘いので子供が食べたんだと教えてくれた。 実際には試すことも無かったが、ずっとどんな味がするのか大人になっても忘れることは無かった。で、都会に出てきてからはその木を見ることも無く、植物園などに行ったときに管理人に聞いてもあまり知っている人はいなかったがあるとき、それは、テンポナシとも呼ばれるものではないかと、で牧野植物図艦をみると、おそらく手棒梨がなまったのではないかとのこと。それで思い出したのが子供のときに読んだ野口英世の伝記で、囲炉裏でやけどを負った英世少年は指が癒着したその手のかたちから、てんぼう、てんぼうといじめられたと書いてあったし、図鑑にはライなどの病気で癒着したような手などを連想させることが名前の由来であったろうとのこと。<br /> <br /> 習慣になっているMTBでの山道散歩(青梅は山道が多い)の途中でそれらしい木を発見し、遂に60年後、試食できるかと胸をワクワクしてこの奇妙な形の部分を口に含んでみたが、まだ少し早いようで渋い、しかし、柿と同じでこれはもう一寸寝かしておけば甘くなると確信したし、独特のこうばしい香りがして、一気に懐かしさで胸がいっぱいになったのである。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-81.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/kemponashi.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-81.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/kemponashi.jpg" alt="kemponashi.jpg" border="0" width="260" height="194" /></a><br /><br /><br />追記<br /> この木の存在を長いこと探していたのだが、最近になって自転車の散歩コースで、計3本も見つかった。 場所の特徴はくるみの木などと同じく湿った川岸のがけのようなところで、かなりせいが高いので実のある部分が見えにくいので確認が難しいが11月頃になると落葉し、落ちた果実などから見当がつく。</span>
  • Date : 2011-10-21 (Fri)
  • Category : 散歩
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てやんでぃ、こちとらブエノスアイレスっ子だい。

LU5AQU Diego (ディエゴマラドーナのディエゴ)とは去年の暮れから今日迄で28メガだけで32回でくわしたことになっていて、つけ忘れが2割ぐらいあるから40回ぐらいはQSOしている筈、 彼はブエノスアイレスのタクシーの運転手だが、夕方6時には帰宅していることが多く、帰宅するとすかさず10mでCQを出してローカルと交信する。ロータリーダイポールだが何故か強い。 でいつの間にかそれにおきぬけ(あちらの6時PMはこちら... <span style="color:#000000">LU5AQU Diego (ディエゴマラドーナのディエゴ)とは去年の暮れから今日迄で28メガだけで32回でくわしたことになっていて、つけ忘れが2割ぐらいあるから40回ぐらいはQSOしている筈、 <br />彼はブエノスアイレスのタクシーの運転手だが、夕方6時には帰宅していることが多く、帰宅するとすかさず10mでCQを出してローカルと交信する。ロータリーダイポールだが何故か強い。 でいつの間にかそれにおきぬけ(あちらの6時PMはこちらの6時AM)の我輩が声をかけるようになってしまって、まあ、たいした話もしないが、こっちからはお晩です、お仕事ご苦労さん、であちらからはおはよう、ご機嫌いかがてな感じで、天気のはなしや町の様子などたわいの無い話をするようになった。 彼も、<a href="https://blog.fc2.com/tag/%E3%83%9E%E3%83%86%E8%8C%B6" class="tagword">マテ茶</a>の準備をしながらワッチを開始する状況になる。<br /><br /> <a href="https://blog.fc2.com/tag/%E3%83%9E%E3%83%86%E8%8C%B6" class="tagword">マテ茶</a>とはご存知のお方もおられると思うが、LUでは生活に密着した飲み物で元は原住民のワラニ族がたしなんでいたものらしいが、彼ら、ヨーロッパから来た人々はもちろんコーヒーを飲む人も多いがこれを飲む人も結構多い。 LUに行った時にひとつ仕入れてきたのが写真のものである。 右は<a href="https://blog.fc2.com/tag/%E3%83%9E%E3%83%86%E8%8C%B6" class="tagword">マテ茶</a>が入っていて、これは茶というよりはある種の草(藁のような感じ)を乾燥したものである。で左の丸いのはそれを入れて飲む容器で、これは瓢箪であるが、他にも木製や陶器などのものもある。<br />で真ん中の筒はボンビージャと、よんでいて、これは電球の意味だが、このマテを飲む吸い口のことも同じ名で呼ぶ、筒の下部が袋状になっていて小さい穴が開いていて葉っぱが入ってこないようになっている。 ま、つまり急須の代わりなるもので、入れ物に<a href="https://blog.fc2.com/tag/%E3%83%9E%E3%83%86%E8%8C%B6" class="tagword">マテ茶</a>の葉っぱをいれお湯を注ぎ、そこにこのボンビージャを突っ込み、吸い口でチュパチュパ吸うわけである。<br />(ここで思いついたんだが、どうやら構造的には急須の注ぎ口をくわえてチュパチュパ吸えば、おなじことだなと、だから葉っぱが手に入れば手持ちの急須でブエノスアイレスの気分を味わうことも出来そうですぞ)<br /><br /> で、これを、親しい人と回しのみをするわけであまり衛生的な感じはしないが、空港や街中で露天商や、中年のカップルがチュパチュパやっているのを良く見る。<br /> (ちなみにスペイン語にはchupar チュパール という動詞がありこれは乳首などを吸うことで、あまりに簡単に出来ることはあかん坊がおっぱいを吸うぐらいに簡単だということで、たとえばそんなのはチュパだよ みたいに使う、また酒が欠かせない人間のことも哺乳瓶をくわえっぱなしに例えてこの言葉が使われる) <br /> <br /> 味はというと砂糖などは普通は入れないので、まあ、出がらしの番茶みたいな、苦味のある味で(私には子供のときに腹をこわしたときに飲まされた煎じたゲンノショウコの感じに似ている。そんなの知らないか)日本人が飲む緑茶のスタイルに近いのでさほど抵抗は無いが、でもとりたててうまいとも思わない。まあ、慣れると癖になるのかもしれない。 これをチュパチュパやりながらラグチューをすれば彼らの仲間、ポルティーニョ(港っ子つまり生粋のブエノスアイレスっ子)になった気もするかもしれない。 この<a href="https://blog.fc2.com/tag/%E3%83%9E%E3%83%86%E8%8C%B6" class="tagword">マテ茶</a>の葉っぱは日本では手に入りにくいがインターネットで探せばいいかも、然しいっぺん飲めばいいというものではあるが、そして一番の彼らの特徴はルンファルドという彼ら特有の方言を使うことだが、しゃべり方の独特の抑揚とあいまってマスターするのはなかなか、むつかしいな。<br /><a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/mate.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/mates.jpg" alt="MATE" border="0" width="400" height="300" /></a></span>
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ここはどこ?

LU5FSA アキオ さんはアルゼンチンのロサリオ市から良く聞こえます。 彼は小学校3年のときにアルゼンチンに渡り、その後70歳の現在まで、ずっとそこで過ごされました。 私より一歳上で、日本語は少し怪しいとこがありますが、私の怪しいスペイン語とどっこいでわかりにくいところは日本語にしたり、スペイン語にしたりして会話をしていますが、彼の経験を聞くのは極めて興味深く、ときどきラグチューの相手をしてもらっ... <a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/lu5fsa.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/lu5fsa.jpg" alt="LU5FSA" border="0" width="450" height="337" /></a><br /><span style="color:#000000">LU5FSA アキオ さんはアルゼンチンのロサリオ市から良く聞こえます。 彼は小学校3年のときにアルゼンチンに渡り、その後70歳の現在まで、ずっとそこで過ごされました。 私より一歳上で、日本語は少し怪しいとこがありますが、私の怪しいスペイン語とどっこいでわかりにくいところは日本語にしたり、スペイン語にしたりして会話をしていますが、彼の経験を聞くのは極めて興味深く、ときどきラグチューの相手をしてもらっています。<br /> <br /> 戦後しばらくして日本人の父親が病死したので、LUとJAの2世の母君とLUに戻ったとのこと。 彼の話によると住んでいたのは大分の柳ヶ浦で、日豊本線が通っている国東半島の近くののどかな町で、 もう、子供のときの思い出はおぼろげで夢のような感じではあるが、戦後の食糧事情の悪い時期にかぼちゃやいもなどを食べていたといっていました。恥ずかしながらこのときまでこの地名にはなじみが無くどこだろうとインターネットで探してしまいました。<br />  私も似たようなものを食べていましたし、生活の場が大きく変わった彼の経験は興味深く、自分に置き換えてもその年代から南米に生活の場を移していたらと想像すると、一体全体どんなだったんだろうと思う。60年前の日本しか知らない彼の話はむしろ新鮮で興味深い感じがします。<br />やさしい日本語なら理解できるようですので28メガあたりのコンデションが良いときには皆様ぜひお話し相手になってやってください。<br />(写真はJR九州客室乗務員のおすすめ情報による、現在の柳ヶ浦駅)</span>
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ラグチュー派よ立ち上がれ!

ここのところ、暇に任せて連日、朝っぱらから南米とラグチューに耽っているが、どうやらやっと本当に太陽活動最盛期に入ったようでまことにもって喜ばしい。 ニュースではオゾン層のほころびが世界的に広がっているようで、無知な我輩などこのまま、電離層がなくなり、短波通信が出来なくなるのではと恐れていたのだが。 今朝も28で何局も交信したが、その中のLU4EVM Jorgeは 往年のTS-520sとたったの6m高のバ... <a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/lu4evm.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/lu4evm.jpg" alt="lu4evm" border="0" width="293" height="179" /></a><br /><span style="color:#000000">ここのところ、暇に任せて連日、朝っぱらから南米とラグチューに耽っているが、どうやらやっと本当に太陽活動最盛期に入ったようでまことにもって喜ばしい。<br /> ニュースではオゾン層のほころびが世界的に広がっているようで、無知な我輩などこのまま、電離層がなくなり、短波通信が出来なくなるのではと恐れていたのだが。<br /> 今朝も28で何局も交信したが、その中のLU4EVM Jorgeは 往年の<strong>TS-520s</strong>とたったの<strong>6m高のバーチカル</strong>だとのことだったが、56で問題なくおしゃべりが出来た。 古いJAの無線機をご使用いただいていることに対して冗談ぽく、海を渡って数10年経ても故国と交信が出来てさぞかし老リグもお喜びでしょうといったつもり、だが、しかし致命的文法的エラーなどから恐らくは日本の爺さんがまたわけのわかんねーこといってやがると思われたに違いない。<br /> それはともかく、感じるのはコンデションが上がってきて毎朝、どっぴらけ状態になるのだが、どうも、出ている局も少ないし、CQだしてもナシのつぶてが多い。 前のサイクルではこうではなかったような気がする。以下のような理由で当局も落ちこぼれ状態に入っているのかもしれない。<br /> <br /> 1 ハムの減少&#61480;絶対数が少なくなっているのはJAだけではなさそう、(なかでも若者は皆無)<br /> 2 インターネットなど、別手段が台頭し、われわれは一部の前近代的人種になりつつあるのか!<br /> 3 その中でのラグチュー派の減少<br />   もともと、HFの高い周波数ではラグチュー派は少ないみたいだが 前のサイクルでは結構、英語だけでなくスペイン語入門者などもいっぱいいて大陸間語学個人指導をやっていたのを聞いたものだが、これも減ったみたいだな。 なんせクラスター情報で特定の周波数に群がっているだけで、他にはほぼ皆無だ。 もったいない、こんなに良いコンデションなのにと思う。ラグチューの楽しみは日本人どうしでは未だに存在すると思うのだが、こと外国語となると、日本人にとっては苦しみ、冷や汗の状態を長く経験しないと道は開けないのが普通で、簡単にはいかないとは思うが・・・<br /><br /> そういえば、我輩が40歳過ぎてスペイン語の勉強を始めてみようと決心したのは、このような絶好のコンデションで南米がやたら強く入ってきてこれをほって置くのはもったいない。只で勉強できるし、そのうち楽しめるようになったらなんと楽しいことだろう、 というのが動機だった。<br /> いまや、 そんな悠長なことじゃ生きている間に実現するかわからんではないかと言われそうだが、<br />そもそも、道楽でやっているんだからそれでいいのだ。 幸いにして、その、努力(という程ではない)が報われ、生きている間にちょっぴりでも楽しめるようになって、南米、中米などの冒険旅行が出来たのは自分には望外の喜びであった。おしゃべりならSKYPEでやれという人もいるかもしれないが自分は昔からの居場所であるHFで、ポンコツ機械を駆使してやりたいのだ。(長い間、交互送信方式のラグチューになれてしまったのも理由のひとつかもしれない。もしもしはいはいの電話スタイルは気分が出ないな)<br />まだまだ、やるぞ、喋りまくるのだ! <br />(写真はLU4EVM&#61472; Jorge)</span>
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地球の裏側との交信メモ

ここのところ、毎朝、28で南米がどっぴらけで落ち着かないが今日も楽しいQSOができた。 ブエノスアイレス(略してBSAS)のLU8EOI Nestor でいきなり、弓(和弓)を作りたくて材料を探したんだがどうも作り方がわからないけど竹か木みたいなんだけどと、 でもいまや武道は世界中はやっているんだからそっちにもあるだろうといったらKYUDOU教室はあることはあるんだけど遠いんだ、と、しかし弓道を知っていた... <a href="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/lu2djh.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-36.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/lu2djh.jpg" alt="lu2djh" border="0" width="640" height="480" /></a><br />ここのところ、毎朝、28で南米がどっぴらけで落ち着かないが今日も楽しいQSOができた。<br /> ブエノスアイレス(略してBSAS)のLU8EOI Nestor でいきなり、弓(和弓)を作りたくて材料を探したんだがどうも作り方がわからないけど竹か木みたいなんだけどと、 でもいまや武道は世界中はやっているんだからそっちにもあるだろうといったらKYUDOU教室はあることはあるんだけど遠いんだ、と、しかし弓道を知っていたから驚きだ。<br /> <br /> そこから、私がLUに行った時に竹林があるのを見て、LUではタケノコ(Brote de Bamboo)を食うかと聞いたら食わないといっていたことを思い出し、なんで食わないんだと聞いてみた。 そしたらそういう習慣はないし何でも毒があるといわれているとのこと。 日本や中国では 正月など不可欠なんだけどなーと説明した。 そして、魚もLUでは食べなかったことを持ち出すと食べないことは無いが肉が殆どとのこと。<br /><br /> そしてLUとCXの間を流れる巨大なラ・プラタ川(船で横断中両岸が見えなくなるので海と間違えそう)は工業活動で汚染されているので取れた魚はたべないんだとのこと。 で小魚は小骨が面倒でとのコメント。 そうか彼らは食べ物に苦労しなかったから、面倒なものは食わなかったんだな、タケノコだってあく抜きして食べるなんてしなかったわけだ。 過去、食うに困ってばかりのわれわれ日本人は子供だって小さな魚を口の中で小骨を分別して食べているんだと、そしたら子供のときから訓練しないとだめだろな、とのお答え、つまり、魚の小骨は彼奴らの我慢の限界を超えるんだそうだ。それに引き換え、Carne Asado といっている牛の丸焼きは田舎に行くと野外で牛に棒を突き刺し、回転させながら下で火をたくんだから、繊細じゃないよなー。<br /><br />  そうかそれでわかった。西欧に行くと秋刀魚だのアジだのにぜんぜんお目にかかれないのはその理由だったんだ。日本の近海にだけいるわけではないだろうにといぶかしく思っていた。 確かにストックフォルムで魚料理を探したときもでっかい鮭の輪切りしかなかったわけだ。そこで言ってやったのは、口の中で小骨を選別、排除する訓練はきわめて脳に良い刺激になるはずだ、日本人がいろいろちまちまと工業製品を作り出すことが出来たのはそういうことも関係ないことは無いんではないかと、で、少なくとも今まではそういった小魚を大事に食して、きた日本人は食料資源を有効に消費している点でも他国の模範になり得るのではと、<br /> そう、すしや刺身でトロを食べるだけでなく秋刀魚を焼いて香ばしい皮までたべないと魚のおいしさはわからないんだよ。と説教したいぐらいだったが、感情を害しないように理解させる自信がないので諦めた。交信の間中、あーそうだったんだとひざを打つような部分が沢山あった。 こういう日常的な当たり前の話題で彼奴らとの違いがわかったりするのは実に楽しい。 太陽活動最盛期万歳!長く続いて頂戴ー!<br /><br />( 写真は数年前BSAS訪問時、ピザ屋でLU2DJH Jorge とXyl,そして私、彼も魚はだめ、言うに事欠いて魚はどれも同じような味がすると! あきれたよ)<br />
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