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Author:Sanyo
¡ Bienvenido a mi pagina !

Un chico enamorado de la comunicacion o la Radio, Transcurridos 50 años de mi primera licencia no ha cambiado mi modo de pensar.

Empecé Radio afición en 1958 y luego estaba divirtiendo lo.
Miren la página de QRZ.com y JA1COR
Esperen poco ya que todavía no he preparado la pagina escrita en castellano.

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<!-- passive:etc --><div style="text-align:center;margin-bottom:10px;"><iframe src='//assys01.fc2.com/1378' style='width:300px;height:250px;border:none;' scrolling='no'></iframe><!-- FC2管理用 --><img src="//media.fc2.com/counter_img.php?id=1368" width="1" height="1"><!-- FC2管理用 --></div><div style="font-size:8px;">上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。<br />新しい記事を書く事で広告が消せます。</div>
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ラバースタンプでないQSOを求めて。

最近感じるのはDXが開けているのにダーレも出ていない。 そしてCQの連呼でも梨のつぶて、どうも世界的な風潮のような気がする。世界中、OMの皆様は珍局ゲットしかお考えがないようで、ガラすきのバンドはなんとももったいない。 簡単に行き来出来ない場所とのラグチューこそ楽しいと思うのは自分だけではないと思うのだが。 でしょうがないのでラグチュー相手を見つける手立てを考えているのだが、前からやっていた、現地のロー... <a href="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/LU4WAP_Aeros.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/LU4WAP_Aeross.jpg" alt="lu4wap" border="0" width="200" height="267" /></a><br /><br /><br /><span style="color:#000000">最近感じるのはDXが開けているのにダーレも出ていない。 そしてCQ<br />の連呼でも梨のつぶて、どうも世界的な風潮のような気がする。世界中、OMの皆様は珍局ゲットしかお考えがないようで、ガラすきのバンドはなんとももったいない。<br /> 簡単に行き来出来ない場所とのラグチューこそ楽しいと思うのは自分だけではないと思うのだが。<br /><br /> でしょうがないのでラグチュー相手を見つける手立てを考えているのだが、前からやっていた、現地のローカル同士のQSOを聞いていて、あるタイミングで ワッッ と云って驚かし、ラウンドに入り込むことから交信を始めるのだが、コンデションがベストな状態ではうまくいく場合が多く、楽しい。<br /> 今回の手口はこんなだ。<br /> 28.350より少し下のLUのノビスバンド(だと思うんだが)でスペイン語のラグチューが聞こえている。 相手は聞こえないがブエノスアイレス近郊の局のようだ。<br /> でしばらく聞いていたら、EchoLinkがどうたらとか、話している。 すかさずEcholinkを開いて見るとその局LU4WAP Ernesto がONLINE 状態であった。<br /> 彼はHF帯28メガで送信中ではあったが、こちらからコネクトして、声は出さず、コメントを書き込んでみた。<br /><JAにもよく聞こえているぞ-> と するととたんに彼の声が悲鳴にも似た驚きの声にかわったのである。 <br />この電波がJAにも今届いているらしい、スタンバイするからでてみてくれ-と、<br /><br />IC746と垂直アンテナだそうだが59で入っていたので28でそのまま交信が始まった、印象深かったのだろう、 以下の様なメールが入っていた。<br /></span><br />Sanyo:<br />Ante todo gracias por contactarte conmigo.<br />me podes buscar por facebook como LU Cuatro WAP asi charlamos mejor, o por skype tambien por lu4wap・・・・・<br />No se que le pasa a la PC porque te escucho por el echolink pero no sale mi audio.<br />un abrazo<br />Ernesto<br />
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ローマ時代の食事など

Aquí es el hotel que estuvimos en el año de 2004, se llama parador de la ciudad de Mérida (España). Íbamos a comer unos almuerzos de estilo romano. (Cocinado de la receta romana)手前が自分の席2004年にポルトガルのリスボンからスペイン南西部を一周してまた、ポルトガルに戻る旅行をしたことがある。  そのときは世界遺産の街メリダの街で予約してあった昔の修道院を改造したパラドール(ホテル)に宿泊した... <a href="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/DSCF0014.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/DSCF0014s.jpg" alt="romancomida2" border="0" width="467" height="350" /></a><br /></a><br /><br />Aquí es el hotel que estuvimos en el año de 2004, se llama parador de la ciudad de Mérida (España).<br /> Íbamos a comer unos almuerzos de estilo romano. (Cocinado de la receta romana)<br /><br /><br />手前が自分の席<br /><br /><span style="color:#000000">2004年にポルトガルのリスボンからスペイン南西部を一周してまた、ポルトガルに戻る旅行をしたことがある。<br />  そのときは世界遺産の街メリダの街で予約してあった昔の修道院を改造したパラドール(ホテル)に宿泊した。<br /> メリダはローマ時代の遺跡が多く、街中遺跡の感じで中でも円形劇場など本家ローマより保存が良いような状態で、今でも夏になるとコンサートが開かれるとか。 スペインのマドリッドとポルトガルのリスボンの中間に位置している。<br /> <br /> ホテルに入るとその日は特別に、ローマ時代のレシピ(そんなものが残っている!)による昼食会があるのだけど参加するか? と聞かれたので、それは面白いと参加した。<br /> <br /> 上の写真はその時の我々のテーブルの面々である。 何時頃かというとあまりはっきりはしてないようだったが大体、キリストの生まれた時期ぐらいのようで、どんなものかと不安だったが、これが結構立派で確かにコロンブス以降にヨーロッパに入ってきたじゃがいも、トマト、コーヒーなどはなかったが、ワインはあるし、(ポートワインのように甘い赤ワイン)鶏肉のようなものが出たが、結構、2000年前の金持ちはいいものを食していたんだなと、感心した。<br /> テーブルの面々は互いに自己紹介したのだが、全員スペイン人で、私と妻だけ東洋人で珍しがられた。 <br /> 下はテーブルの上の様子だが、薔薇の花弁を散りばめ、食器なども当時の様子を再現するものだったようだ。<br /> <br /> 日本人は珍しかったのか質問攻めにあったが、楽しいひと時を過ごすことが出来た。 一つだけ、最後に宗教に関連した話題、(当時も中東で戦闘が起こっていた)で自分が中立的な意見を言った時に座が鎮まり、シラけた感じになった。<br /> 数100年以上続くイスラム世界との軋轢があったイベリア半島の住民は今でも傍観者ではいられないのかもしれない。<br /><br /> そう、日本人は仏教、神道を両方都合の良いように使ってあまり執着しないのが普通なのだが、それは西洋では通じないようなので要注意である。<br /><br /> 統計によると日本人の宗教に帰依する割合は、神道約1億人、仏教一億人弱ということでほぼ全員2刀流だ。(但し信じているかというと75%は信じていないという数字もあるようなので、檀家とか氏子だとしてカウントされている比率かも?)<br /> だからして、なんとなくおめでたいことは神社、先祖に会うときはお寺のような使い分けがされているようだが、 靖国神社はちょっと違う使われ方をしているようで、それも違和感を感じる部分だ。 <br /><br /> 自分たちの周りの殆どの大戦の戦死者は自分の家の菩提寺にお墓があり、そこに行けば逢えるわけでわざわざ、靖国神社などに行く必要はない。 増して当時、武運長久などと、出征兵士を勇ましく送り出した神社に違和感を感じるのは自分だけではないと思うのだが。<br /><br />注 ローマ帝国のそれも帝政時代はイベリア半島は帝国の重要な部分を占めていて、各地で栄華を誇っていた。メリダでも当時の野外劇場、競技場,水道橋、そして交通の要所として石橋などほぼ、そのまま残っている。<br /></span><br />
  • Date : 2014-01-26 (Sun)
  • Category : 旅行
266

このSalvadorさんは 奇人でなく趣味人だ。 

ここのところ、ロングパスでヨーロッパが聞こえているが今日は20mのSSBで昔からの知り合いであるSalvador EA3BDE が出ていたので呼んでみた。  こちらはベアフットで、当局のクワッドは14は2エレなのでどうかと思ったが、何とか拾ってもらった。 でやっこさんとは長いこと会ってないので様子はどうかと思い、おもむろにQRZ.comを開いたらびっくり仰天。  確か数年前に会った時にはガラス瓶の中に帆船を組み上げて悦に... <a href="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/DSC07200.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/DSC07200.jpg" alt="ea3bde" border="0" width="768" height="576" /></a><br /><br /><span style="color:#000000">ここのところ、ロングパスでヨーロッパが聞こえているが今日は20mのSSBで昔からの知り合いであるSalvador EA3BDE が出ていたので呼んでみた。<br />  こちらはベアフットで、当局のクワッドは14は2エレなのでどうかと思ったが、何とか拾ってもらった。 でやっこさんとは長いこと会ってないので様子はどうかと思い、おもむろにQRZ.comを開いたらびっくり仰天。<br /> <br />  確か数年前に会った時にはガラス瓶の中に帆船を組み上げて悦にいっていたと思うのだが、なんと今度は部屋中鉄道模型だらけ、それも凝っていて、Coca Colaの看板迄あるから恐れ入る。<br /> で写真の彼の顔を見て、即座に思い出したのが数年前に訪れたSalvador Daliの美術館(カタルーニャ州Gerona)に行った時にそこにあった彼の顔で、ひげは違うがそっくりで、思わすお前さんDaliとそっくりだよ、と言ってしまった。 返事がなかったのであるいは気を悪くしたかもしれない。<br /> Daliは奇人として有名だから嬉しくないかもしれないが、名前からでなく顔から、連想してしまったんだからしょうがない。<br />  残念ながら自分は鉄道模型に関してうんちくを傾ける事はできないが、ロングパスでその手の話題で話し込むなんてのも優雅だなと思った次第である<br /> <br /> 尚彼のQTHは地中海に面したTarragonaでバルセロナのあるカタルーニャ州なのだが、この州は中央に対する反発がはんばでない。日常使用する言葉もカタルーニャ語である。 一度ハムのミーティングに出席したが、ことごとく中央、(マドリッド)の連中のやることに不信感を持っているから呆れる。 この構図は他にも存在するようでイタリアでもローマとミラノが同様である。 昔からの憎しみのようなものがあるようでその分、サッカーの試合時は殺気だって来るようだ。<br /><br /></span>
265

道を極める。 JAPONISMO だー!

 弁護士の堤 淳一氏が架空のライターJack Amanoという人間に語らせている太平洋の覇権という読み物に出会ったと、前回書いたが、この読み物は面白い。 全部読み終わってはいないがそれでも面白い。 で、それと一緒にこの方のエッセーもどきの 道(どう)のはなしというのがこれもおもしろい。書き出しはこんな感じである。「日本人は他民族から見ればどんなにつまらないものでも一つの『道』として磨き上げることのできる民... <a href="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/header-02.png" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-58.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/header-02.png" alt="bento" border="0" width="390" height="280" /></a><br /><br /><span style="color:#000000"><br /> 弁護士の堤 淳一氏が架空のライターJack Amanoという人間に語らせている太平洋の覇権という読み物に出会ったと、前回書いたが、この読み物は面白い。 全部読み終わってはいないがそれでも面白い。 で、それと一緒にこの方のエッセーもどきの 道(どう)のはなしというのがこれもおもしろい。書き出しはこんな感じである。<br /><br />「日本人は他民族から見ればどんなにつまらないものでも一つの『道』として磨き上げることのできる民族性を持っている。」この文章は、それゆえ日本人は西洋文明の中核である科学技術をたえず極地にまで磨き上げてきた、と続くのであるが(黄文雄「大日本帝国の真実」(扶桑社))、それでは日本人は何故そのような民族性を持っているのであろうか。<br /><br />そういえばマンガ道、らーめん道などいっぱい思い当たる。<br />ここから先は少し、意味が違うかもしれないが、しかし、根底に共通したものがあるかもしれないと思う話である。<br /> <br /> 最近、スペインのRTVE(スペイン国営ラジオ、テレビ放送)のホームページから最近放送されたラジオ番組のPodCastsがダウンロード出来るのだがその中にJaponismo ハポニズモ、が特集されている。 これはうまく言えないがおそらく日本ブームとか、日本大好き現象 みたいなものを云っていると思うのだが。<br /> 最初のJaponismo は400年前の支倉常長の慶長遣欧使節が日本の文化を届けた時、そして次は明治の開国により、ヨーロッパに江戸の文化がドットもたらされたとき、 しかし、自分が思うには今、三回目のJaponismoの時代がスペインなど西欧に広がりつつあるように思う。<br /> 最初の時には日本の漆器、屏風、など、そして明治に入っては浮世絵、日本画などを初め西洋文化に多大な影響を与えた。(ピカソは沢山の浮世絵、春画などを集めていたとのこと)<br /> <br /> この前、テレビ東京で放映していたのは今や日本の弁当箱がインターネットを通じて国際的にバカ売れしているというし、パリの町中ではお昼時日本風の弁当を買い求めて昼食をとるのが大流行だという。 で、それを利用しているビジネスマンなどは弁当の中にはたくさんの惣菜が入っていて、それを考えると安いし、栄養のバランスも良い、レストランのフルコースでは今では昼休みの間にたべられないとのこと。<br />  <br /> そしてくわえて、バラエティのある弁当箱も優雅で楽しいとのこと。 確かに自分の経験でも西欧のホテルなどで、弁当もどき(ピクニック弁当とかいっていた)をたべたことがあるが、それは何とも、見た目からして粗末な、食欲を催すようなものではなかったことがあり、我々にはなんでもないアタリマエのことが実は卓越したものであったようなのだ。<br /><br /> そう、これはもう弁当道の存在を示しているのではないか!<br /></span>
  • Date : 2014-01-21 (Tue)
  • Category : 未分類
264

カトリックの話続き(サンフェリーペ号事件と豊臣秀吉)

長崎市西坂の日本二十六聖人記念碑(wikipedia) 弁護士の堤 淳一氏が架空のライターJack Amanoという人間に語らせている太平洋の覇権という読み物に出くわして面白かったので紹介する。(Web参照) そのなかに サンフェリーペ号事件と26聖人事件 がある。以下、概要をかいつまんで記す。1596年10月、マニラ港から船出してメキシコを目指していた一隻の豪華貨客船があった。スペインの太平洋航路に就航していたサン・フェリー... <a href="http://blog-imgs-59.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/300px-NagasakiMonumentToMartyrs.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/300px-NagasakiMonumentToMartyrs.jpg" alt="26人殉教者" border="0" width="300" height="202" /></a><br />長崎市西坂の日本二十六聖人記念碑(wikipedia)<br /><br /><span style="color:#000000"><br /><br /> 弁護士の堤 淳一氏が架空のライターJack Amanoという人間に語らせている太平洋の覇権という読み物に出くわして面白かったので紹介する。(Web参照)<br /> そのなかに サンフェリーペ号事件と26聖人事件 がある。<br />以下、概要をかいつまんで記す。<br /><br />1596年10月、マニラ港から船出してメキシコを目指していた一隻の豪華貨客船があった。スペインの太平洋航路に就航していたサン・フェリーペ号であった。ところがこの船は台風のため土佐の浦戸湾において座礁し沈没した。現地を治めていた長宗我部元親は直ちにこのことを秀吉に報告したところ、秀吉は積荷を没収することを決め、現地に増田長盛(奉行職)を派遣した。途中略・・・・<br />秀吉は増田奉行が復命した12月8日から10日ほど経った日に京・大坂の宣教師を悉く逮捕せよと命じ、同時に改めてバテレン追放令を公布した。官憲はフランシスコ会修道院を包囲し、パウチスタ以下フランシスコ会士6名、イエズス会関係者3名と15名の日本人信者、合計24名を逮捕し、1597年2月15日に長崎で磔刑に処した。世に26聖人の殉教と呼ばれた事件である。上記の通り24名が逮捕され、2名が不足しているが長崎へ送られる途中に同行していたフランシスコ会、イエズス会の世話人計2名が首服して逮捕されたので26名となった。<br /> 秀吉が立腹していたのは新来のバテレン(フランシスコ会士)に対してであり、長崎に逼塞している(そのようなふりをしている)パードレたち(イエズス会会士)は自分の命に従っているので、(輸入ビジネスを専らにしている)、咎め立てする必要はないと述べたと言われ、イエズス会はこの弾圧から除外されていた。<br />途中略・・<br />事件後フィリピン総督ドン・フランシスコ・テーリョは日本へ使節を送り、サン・フェリーペ号の積荷の返還と刑死者の遺骸の引渡を要求した。<br /> これに対し秀吉は返書をもって要旨次のように述べている(意訳の引用は松田毅一「南蛮のバテレン」による)。<br /><br />1 往年、バテレンが当国に来訪し異国の宗教を説き、国風を紊し、国政を害したので、予は堅くそれを禁じた。しかるに貴国より来た僧侶たちは帰国せず、各地に赴き、賤しい人々に異国の法を説いてやまぬので、予はそれを聞いて忍ぶことができず、誅戮せしめた。<br /><br />2 聞くところによれば貴国は布教をもって謀略的に外国を征服しようと欲しているということだが、もし本邦から教師や俗人が貴国に入り、神道を説いて人心を惑乱することがあれば、国王たる卿は歓びはしまい。これを思え。<br /><br />3 けだし卿らは、そのような手段をもってその地の旧主を退けて新たな君主となったように、予に背き、当国を支配せんと企てたのであろう。予がそのように憤怒の念を抱いていた折、本邦土佐に難破船が漂着した。予は船中の貨財を散せず、また分配することなく還付する考えであったが、貴国は既に法に叛したことをしていたので、貨財を没収したのである。<br />卿は予の処置が誤っていると思うか。<br /><br />4 しかし旧交を修めるため、卿は風波の危険を冒して使節を派遣し、友好を正道に導こうと望んでいる。予は異端の法を説くことを欲しておらぬのであり、商売のために往来することは差し支えなく、彼らは予の印を押した免許状を持参すれば、海陸とも何ら害を被ることはありえない。<br /><br />5 本邦から貴地に往来する者で、貴国の人民を惑わし、法を守らぬものがあれば刑罰を与えていただいて結構である。<br /><br />以上が引用部分だが、甚だもっともな話を展開しているように思えて、 自分には秀吉が理屈も言えない乱暴者の印象しかなかったのだが、このように理路整然と布教の禁止を述べていて、結構、国益のこともあるいは忘れていなかったのかなと、あなた、結構頑張ったんだねと秀吉くんにも言いたくなってきたところである。<br /> <br /> もうこの時期、既にスペインは斜陽になりつつあり、スペイン船団を襲う海賊軍団でもあるオランダやイギリスの告げ口などの策謀も絡んできた結果としての対応だったかもしれず、本当のことはどうだったかは不明である。<br /> 自分の認識では戦国時代の武将共は世界に思いを致すことなどなかったのではないかと思っていたのだが、そうでもなくて案外、後の明治以降の政府などと比較しても、むしろ、まっとうな対応をしていたのかもしれないような気がしてきている。<br /><br />注 当時はメキシコはスペインの植民地で新スペイン(nueva espana)と呼んでいた。 そしてフィリピンもそのスペインの植民地になったが、往来に使う航路はメキシコ経由の太平洋航路を使用していた。<br /><br /><br /></span>
  • Date : 2014-01-15 (Wed)
  • Category : 未分類
263

カトリックの総本山・バチカン市国の頂点に立つのは。

 日本は開国以来、いやフランシスコ・ザビエルが来訪以降、現在までの400年以上に限っては、途中、鎖国の時期もあったが、西洋社会と何らかのパイプでつながっていた。 このブログは宗教を取り扱わない予定であったが、当局の交信相手は西欧、それもローマ帝国の流れをくむ地中海や南米の局が多く、彼らの国がキリスト教それもカトリックの影響が強大な国ばかりなので、友達付き合いするにしてもその話題を避けてばかりもいられ... <a href="http://blog-imgs-59.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/270px-Francisco_(20-03-2013).jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/270px-Francisco_(20-03-2013).jpg" alt="" border="0" width="270" height="336" /></a><br /><br /><span style="color:#000000"><br /> 日本は開国以来、いやフランシスコ・ザビエルが来訪以降、現在までの400年以上に限っては、途中、鎖国の時期もあったが、西洋社会と何らかのパイプでつながっていた。<br /> このブログは宗教を取り扱わない予定であったが、当局の交信相手は西欧、それもローマ帝国の流れをくむ地中海や南米の局が多く、彼らの国がキリスト教それもカトリックの影響が強大な国ばかりなので、友達付き合いするにしてもその話題を避けてばかりもいられず、そしてある程度、彼らの精神世界を理解するために知らないといけないと思うにいたり、わずかだが知識としてだけ吸収した。 彼らと付き合うにあたって恥を書かない程度の知識であっても、学校では教えてもらっていないのでここにさわりだけ記す。<br /> <br /> ・キリスト教の宗派<br />仏教でも同じだが沢山あって、覚えきれないし、その宗派の違いなど手に負えないが、大きくは、カトリックとプロテスタントに分けられる。 日本人にはその違いがはっきりしないが、日本では今やプロテスタントが表立っている。 つまり、クリスマスにサンタクロースや雪が乗ったクリスマスツリーが出てくるのは北欧やUSA経由で入ってきた新しい宗派であるプロテスタントの情報の特徴で、古い方の宗派であるカトリックは同じような祭日でも様子が全く違う。<br /><br /> ・カトリックの国<br />ヨーロッパの地中海沿岸、<br />中南米諸国、カリブ海などで昔、スペイン、ポルトガルの植民地であった場所。<br /><br /> ・カトリックの総本山<br />ヴァチカン市国 (この国は特殊な国である) <br /><br />・ 統率者<br />ローマ教皇(ローマ法王)PaPa とも呼ばれる。<br /><br />・ カトリックの宗派<br />色々あるが日本に馴染みのあるのは<br /> フランシスコ・ザビエルのイエズス会<br />(彼はスペイン、ナバラの出身だが日本に来た時はポルトガル国の支援によった、従ってポルトガルからの来日とされているものもある。)<br />      ルイス・ソテロ*が所属したフランシスコ会 <br />*伊達藩が派遣した慶長遣欧使節団、支倉常長一行に同行したスペイン人(セビリア出身)<br />   因みに慶長使節の時代はこの2つの宗派はいがみ合っていたので、イエズス会が使っていたインド経由ルートが使えず慶長使節は仙台から太平洋をわたりメキシコ、陸路を経てその後大西洋を渡りヨーロッパに行った。<br /><br />ところで現在のローマ教皇は始めての南米出身で、アルゼンチンからの、イエズス会のホルヘ・マリオ・ベルゴリオだが 中世イタリアの聖人でフランシスコ会の創設者 フランシスコを名乗っている。 この聖人は清貧をモットーとし弱者にやさしかったことで有名だがその通りの行いで今や大人気でヴァチカンを訪れる人々が以前に比し3倍に増えたという。<br /> 最近の彼の発言<br />世界では毎日、飢えて死ぬ人がいてもニュースにならないが<br />おかしなことに 株の価値が僅かに変化しても大きなニュースになっている。<br /><br /> カトリックの世界では過去に例えばユダヤ人排斥などに協力したりナチスの残党をかくまったりと大きな問題を残してきているがそれだけに、ようやっと出てきた庶民的な教皇に期待が大きいのであろう。<br /></span>
  • Date : 2014-01-14 (Tue)
  • Category : 未分類
262

スペインからの新年の一報。

皆様、あけましておめでとうございます。本年も同様によろしくお願い致します。  新年もぼけっとなんの変化もなく迎えてしまいましたが、以前、インターネット利用のハム交信擬似ソフトであるCQ100経由でよくやったスペインの北部Leon のEA1GKO Paco からメールが入っていて、これもよく相手をしてもらったマラガのJuan EA7EWが亡くなったとのこと。  彼のQTHは地中海に面したマラガの中心部で海岸のすぐそばに住まわれてい... <a href="http://blog-imgs-59.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/201401111423249da.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-59.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/201401111423249das.jpg" alt="cinco amigos" border="0" width="350" height="263" /></a><br /><br /><span style="color:#000000">皆様、あけましておめでとうございます。本年も同様によろしくお願い致します。<br /> <br /> 新年もぼけっとなんの変化もなく迎えてしまいましたが、以前、インターネット利用のハム交信擬似ソフトであるCQ100経由でよくやったスペインの北部Leon のEA1GKO Paco からメールが入っていて、これもよく相手をしてもらったマラガのJuan EA7EWが亡くなったとのこと。 <br /><br /> 彼のQTHは地中海に面したマラガの中心部で海岸のすぐそばに住まわれていたが10年以上前、家族でその付近に旅行した時、そのあたりをほっつき歩いたこともあり、いくつかの話題で、楽しいおしゃべりができたことがあるので寂しい。<br /><br /> この5人全員は知らないが何人かは、よく相手をしてもらったし、今思うにはCQ100は自分には最適な外国語訓練ソフトに思えた。<br /><br /> 狸ワッチが可能という最大の特徴(最大の欠点?)は実際のHFの交信に近いのだが、電波ではコンディションなど状況が許されず、話したいことの半分も話せないことが多いし、かと言って、電話スタイルのSKYPEなどではむしろ相手の話を聞きながら考えるという時間がとれず、かえって幼稚な会話になりがちだ。<br /> 残念ながらCQ100は有料だということで、中南米や欧州の一部では人気が落ちてしまい、使用者が減ってしまって、相手に不足するようになり、当局も再契約を諦めたわけだが、家にいながら飽きないで使えて、面白くて、お勉強にもなるというソフトはなかなかない。<br /> 思うにこのソフトの良いところはハムの交信のスタイルに近かったことである。<br /> 交互送信で片側通行ではあるがそれが良い。そしてCQで相手を広く待ち受けるスタイルは捨てがたいと思う。<br /><br />ところで自分が一番楽しいと思うのはやはり、HFでの海外局とのQSO、それもラグチューもどきなのだが、残念なことに昨今はバンドが開いているにもかかわらず、誰も出ていないことが多いのである。<br /> 確か以前のサンスポットサイクル最盛期にはバンド中にぎやかだったと思うのだが、いまや開いている地域同士のハムが相手の地域のハムにいろいろな意味で楽しいQSOの期待をしなくなってしまったのかなと少し悲しい気がしている。 <br /><br />自分の願望は異国に住む、自分と同じように子供時代にハムを知り、その後も興味津々でいろいろな分野に関心をもつ、好奇心旺盛な人間と丁度、7メガの拡張バンドでの国内QSOのように出会い、語り明かすことなんだが、言語などの制約もあり未だに満足行く状態には至っていない。それでもときたま、HFなどで出くわす、興味深いお相手もおられるので今年もそのような出会いを求めて、ダイヤルを回し続けて行くつもりである。<br /><br /><br /></span>
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