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Author:Sanyo
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Un chico enamorado de la comunicacion o la Radio, Transcurridos 50 años de mi primera licencia no ha cambiado mi modo de pensar.

Empecé Radio afición en 1958 y luego estaba divirtiendo lo.
Miren la página de QRZ.com y JA1COR
Esperen poco ya que todavía no he preparado la pagina escrita en castellano.

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スーパーヘテロダインの登場!

この方は誰?我々、ハムとしては大変お世話になった、有名な方でエドゥイン・アームストロングと申されますが、腕っ節はどうかわからないが、頭脳は明晰でむしろブレインストロングと呼びたいぐらい賢い方です。 ここのところ、マルコニーやライト兄弟が極最近の人だということに感心していたが、今回は、当局が免許を得る数年前迄生存され活躍されていたこの方を紹介する。 この御方は以下を発明している。  ○ 再生受信機(... <a href="http://blog-imgs-63.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/225px-EdwinHowardArmstrong.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-63.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/225px-EdwinHowardArmstrong.jpg" alt="Armstrong" border="0" width="225" height="326" /></a><br /><br /><span style="color:#000000">この方は誰?<br /><br />我々、ハムとしては大変お世話になった、有名な方でエドゥイン・アームストロングと申されますが、腕っ節はどうかわからないが、頭脳は明晰でむしろブレインストロングと呼びたいぐらい賢い方です。<br /> ここのところ、マルコニーやライト兄弟が極最近の人だということに感心していたが、今回は、当局が免許を得る数年前迄生存され活躍されていたこの方を紹介する。<br /> この御方は以下を発明している。<br />  ○ 再生受信機(並4ラジオ*注 などがそう、正帰還採用)1914年24才時<br />  ○ スーパーヘテロダイン受信機          1918年28才<br />  ○ 超再生受信機<br />  ○ FM方式(送受信)              1933年43才<br /> <br /><br /> おなくなりなったのは1954年(小生当時、小5)63才で、それから数年(1958年)で小生は落成検査を受けて開局した。<br /> ハムを知る切っ掛けになったオートダイン 0V1(RF段0、再生検波、AF段1の意味)<br />は正に再生受信機であった。<br />そしてVHFを始めて聞いた超再生はザーザーノイズばかりであり、せっかく作ったのだが当時、家の周りにはハムがいなくて、ハム局の電波は聞かずじまいで、どのあたりの周波数を聞いていたのかもよくわからなかった。<br /> <br />で、ハム局の免許を受けたのはIF一段の当時の呼び方では<br /> 5球スーパ(周波数変換→中間周波増幅→AM検波&増幅→電力増幅 +整流 計5本)<br />  であったが、手作りにもかかわらず、性能は飛躍的に良く、安定して聞こえ、再生受信機との差を感じたものである。 ということで、当局も大変にお世話になっているのだが、今まで気が付かなくてあいすみませんでしたと申したいです。<br /><br /> Wikipediaによるとスーパーヘテロダイン受信機、発明のきっかけは隣合わせに置いてあった再生ラジオの片方が発振状態になるともう一方のラジオがとんでもない周波数を受信したことだったとのこと。<br />  ヘテロダイン方式になってからは受信機は高安定、高感度、高選択度が得られるようになったわけでご利益は大きかったと思う。 最初のIFは20KC付近だったらしく、選択度は良かったと思うがイメージ信号による混信はひどかったのでは?<br /><br />戦後、10年も経たず日本中のラジオはスーパー式になってしまったが、それ迄の再生ラジオは不安定なものだったし、貴重な娯楽で唯一のリアルタイムな情報源でもあったので我々庶民は彼の発明の恩恵に浴していたと云って良いのだろう。<br /><br />  小生がラジオに興味を抱いて鉱石ラジオを作り始めた時には未だ存命だったのだから、正に同時代の人なんだが、なんだか再生ラジオ(当時は5球スーパーに対し、並四と呼んで旧式ラジオの代表みたいだった)の発明者でもあったというのは不思議な感じがする。 <br /><br />*注 並四とか高一 とかあったが高一は高周波一段ラジオのこと、昭和7~8年頃から、ペントード(五極管)が作られるようになると、それまで一世を風靡した3極管は並みの球になった。<br />これを切っ掛けに3極管を使った4球受信機は並四と呼ばれるようになったとのこと(でも、自分の記憶では五極管をつかっていても並四と呼んでいたと思う→ 一般人には球数以外、意味がわからなかった?)<br /><br />並4のラインナップ例としては当時の回路図を見ると<br /> 再生検波→AF増幅→ AF増幅、及び  整流管 で 2極管の整流管以外は3極管であった。<br /><br />追記<br /> 開局当時(1958年) 標準的無線設備としてはRXは高1中2受信機 でトリオのコイルパックなどを使ってオールバンド受信機も自作可能であった。 既成品はトリオの9R42など<br /><br />戦後しばらくして登場した5球スーパーに使用された真空管の例としてはST管で<br />6WC5→6D6→6ZDH3A→6ZP1 整流12F  MT管では6BE6→6BD6→6AV6→6AR5 整流6X4<br />GT管はあまり一般的ではなかった。 そして、MT管は半導体になる前には電源トランスを省略するため100v電源に直列に並べて直接点灯させるよう、ヒーターが12vのものが多くなった。 これらの真空管の名前は頭に叩きこんでいたので今でもスラスラ云うことが出来る。<br /><br /><br /><写真はWikipediaより><br /></span>
  • Date : 2014-05-08 (Thu)
  • Category : 無線機
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TNX QSL!

このカードは開局後2年たった1960年に最初のAll Asia コンテスト(CWのみ)で交信した相手から送られてきたものだが、ひょっとしてこのとき3.5メガには当局以外JAが参加していなかったのかも知れない。 当局の設備のうちRXはIF一段の5球スーパーでBFOがなかったのでVFOでビートをかけていた。茨城県の田舎だったのでノイズは少なかったが、殆ど耳をそばだてて精神力でやっとコールをとっていたと思う。 で、このカードそのもの... <a href="http://blog-imgs-63.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/w6yc-1.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-63.fc2.com/v/a/c/vacaconajo/w6yc-1s.jpg" alt="" border="0" width="350" height="433" /></a><br /><br /><br /><span style="color:#000000">このカードは開局後2年たった1960年に最初のAll Asia コンテスト(CWのみ)で交信した相手から送られてきたものだが、ひょっとしてこのとき3.5メガには当局以外JAが参加していなかったのかも知れない。<br /> <br />当局の設備のうちRXはIF一段の5球スーパーでBFOがなかったのでVFOでビートをかけていた。茨城県の田舎だったのでノイズは少なかったが、殆ど耳をそばだてて精神力でやっとコールをとっていたと思う。 で、このカードそのものは珍しくもないものだが、 <br />カードの表面の記述によると、この方、最初のライセンスは1929年でO.T.C (多分Old Timers Club.)のメンバーのようだ。 その当時、Old Old Timers Club というのもあったようだ。メンバーのW6CARのカードには こう書いてあった。<br />Membership in the Old Old Timers Club is open to amateurs who can show evidence of a two way wireless contact 50 or more years prior to application.<br /><br />その時はアメ公はそんなに長くハムをやってんだと思ったが、今、考えると自分も<br />Old Old Timers Club の要件を備えているじゃないか。 いまやJAにはそんなのがうじゃうじゃいるぞ。<br /><br /> 恐らく、この局のオーナは存命ではないとおもうが、今考えると、もし、言葉の問題がなかったら色々インタビューしたかったなと思う。50年前の50年前だからほぼ一世紀前だ。<br /> <br /><br /> 今後とも、CWモードなどはハムが存続している限り、生きた博物館として、オペレータには貴重な人間の顔をしたシーラカンスとして頑張っていただきたいものだ。(なに、お前の顔はとっくにシーラカンスだと!)<br />ハム以外では過去の通信様式が現用されているのは無いと思うが、しかし、ハムが消えてしまうとそれも消滅してしまう。<br /><br /><br />自分は、れっきとした紙QSLカード嫌い人間だが、最初は違っていてお宝だった。 しかし、段々、増えてくると、ゴミを捨てられない人間には始末におえない代物というのがわかってきた。 捨てようかなと思っては眺めてしまうのでやはり捨てられない。 真空管もそうで、切れていない電球を捨てることが出来ないのと同じ、生きている真空管を葬り去る事は出来ないのだ。 (半導体はその点少し違う感じがするが) <br /> ということで話は支離滅裂になってきて行き先はどこだかわからなくなってきた。<br /><br />追記<br /> 蛇足だが、日本人には何らかの精神の存在を連想させる物体(顔を持った人形とか)などを粗末にあしらわない伝統があり、祟などを恐れ、セレモニーを行い燃やすなどして昇天させることが多かった。<br />手書きの紙のQSLカードには、そんなものを感じてしまい、捨てては申し訳ないような気にさせるものがあるのかも。<br /><br /><br /></span>
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